LEiyA Arata KG+2020 Special Exhibition|擬態と変容|Mimicry&Transformation

擬態と変容

本展では人とラブドールの関係性を題材とした作品群が並ぶ。ラブドールとは、セックスを擬似的に行うことも可能な等身大人形であり、その存在は度々議論を醸す。作者自身も等身大人形数体と暮らしており、彼女のもとを訪れる人々は、自我を捨て等身大人形に擬態し、その姿を写真に収められる。撮影中、被写体は所有者に愛される物語の主人公になることで、再定義された自己を受け入れる。等身大人形を、所有する者、憧れる者、変身願望を抱く者、それぞれの関係性の中からみえてくるのは、自己承認・救済・願望・許容・解放と様々だ。それらはいくつもの変容を経て、現代社会の抱える社会問題や人々の心の渇きをあらわにする。

Mimicry&Transformation
The works in this exhibition are based on the relationship between people and love dolls.A love doll is a life-size adult doll for simulating sex.Their existence is often controversial.She lives with several love dolls herself, and those who visit her are able to mimic the love dolls by surrendering their egos and taking pictures of them.During the shoot, the model embraces her redefined self by becoming the protagonist of a story that is loved by its owner.What emerges from the relationship between the owner of the love doll, the one who owns it, the one who yearns for it, and the one who desires its transformation is variously self-approval, redemption, desire, acceptance, and liberation. Through a number of transformations, they reveal the social problems of contemporary society and the thirst of people’s mind.

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Transformation

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ラブドールになりたい
この作品はラブドールに憧れる女性をラブドールに見立てて撮影した。ラブドールは、所有者が好みの顔やボディのラブドールを選んでメーカーに注文し、その人の為に1体ずつ製造される。製造されたラブドールはもちろん所有者を選ぶことはできないが、ラブドールは愛されるために生まれてくるのだ。人も愛し愛されるために生まれてきた筈だ。しかし現在の日本では自己肯定感が低い人が多い。
さて、作者は「人間をラブドールのように見立てて、ラブドールのように撮影する逆転変身専門店」を営んでいる。訪れる人は、自分の名前を呼ばれることがない。新しいドール名と架空の所持者の設定が与えられる。「愛される人」がいることが前提で、所持者と過ごすストーリーをもとにした撮影がはじまり、撮影中は自分で喋ることも動くことも許されない。なぜならラブドールに見立てるのだから。ラブドールというテーマを扱う性質上、セクシーな写真を撮りたい人のサービスとおもうかもしれないがどうか決めつけないでほしい。作者のもとを訪れる人々は決して性的対象にみられたいという理由ばかりではない。ラブドールとは性を担う人形だが、芸術品と評価されるほど美しく、高価で、こまめに手入れをしないとすぐ破損する存在だ。そんなラブドールの存在に人々は憧れを抱いて「安全な場所で自分の体や性的表現を開放するために」または「自分であることを忘れて、所有者に愛され大切にされる体験をするために」「自己承認するために」今日も私のもとに訪れる。
ラブドールになりたい。その思いを言い換えるとするならば「愛され、大切にされたい」だろう。


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この作品は、被写体が作者のもとに訪れるまでの心の葛藤と、訪れた時の心の変化を表現している。自己という保護する覆いから、名前を取り、言葉を取り、アイデンティティを取り、普段着ている服を取り、動作を制御する。客観的に自己を俯瞰して眺めるような行為でもあり、思い込んでいた自己からの解放でもある。ただそこに存在する器になった被写体は、あらたなる自己の可能性を受け入れる。

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|待機|
この作品は、急な来客があり、所有者がラブドールを所持していることを秘密にするために屋根裏に急いで隠された様子を表現している。ラブドールの手足の指は非常に脆い。そのため急いで隠す時でさえ、足を保護する事は所有者がラブドールが傷つかないように大切に扱っている様子をあらわしている。ところで「ラブドールの顔を見ると、所有者の愛情がわかる。」所有者たちからはそのような声をよく聞く。この写真を撮るために、作者は被写体を屋根裏に数十分放置してから、その表情を撮影した。もしラブドールに魂が宿るとしたら、この状況をどう感じるのだろうか。
所有者が早く抱きしめてくれることを望んでいるのだろうか。存在が隠されたことを悲しんでいるのだろうか。それとも、所有者からの一時的な開放に安堵しているのだろうか。
あなたには今、どんな顔にみえるだろうか?

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もしもの日常
この作品は、所有者が憧れる日常のワンシーンを表現した。所有者は、一度は「もしラブドールが人間のように動いたら」と想像したことがあるだろう。所有者が仕事で不在の間に、こんな風に家事をして所有者の帰宅を待っているかもしれない。しかし所有者の多くは、ラブドールが動かない、喋らないことを望んでいる。なぜなら、人間ではなくドールであるから必要なのだ。愛の対象は人間だけではない。所有者とドールの間の無言のコミュニケーションは存在する。

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忘れ形見
この作品は、所有者を亡くした家族が、故人が所有していたラブドールを忘れ形見として引き取った様子をあらわしている。被写体自身も夫が鬼籍に入り、夫の愛する忘れ形見となった。
ラブドールは所有者の死を知ることもなく、所有者の遺骨を手に、所有者の帰りを待つ。
ラブドールの所有者は、家族にもラブドールの存在を秘密にすることがほとんどだ。予期せぬ死から、家族が遺品整理の際にラブドールの存在を知って困惑し、ラブドールを処分する方法に頭を悩ませる事がある。所有者がどれだけラブドールを大切にしていようと、残されたラブドールの行方は、知ることができないのだ。
忘れ形見として家族のもとに迎え入れられたラブドールは幸せと言えるだろう。

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パートナー
この作品は、旅行にラブドールを連れて行く所有者と、そのラブドールとの団欒をあらわしている。例えば人の少ない場所へキャンプへ行ったり、ゆっくり温泉宿で過ごしたり、観光地を回ったりする。ラブドールを同伴することは奇異の目にさらされることもあるが、パートナーと共に歩みたいと思う気持ちに人もドールも差はないのだ。

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|長い時を過ごすには|
この作品は、所有者のトレーニングに寄り添うラブドールを表現した。大人型のラブドールは平均で30kg以上あり、ラブドールと長い時を過ごす為には、所有者は足腰を鍛える必要がある。老化や体力低下、介護などで重いラブドールを抱き上げられなくなり、泣く泣く低身長で低体重のラブドールに買い替えたり、ラブドール自体を手放す場合がある。ラブドールを迎え入れるには、様々な未来を想定しなければならないだろう。

Slip into

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|私達は消費されない|
この作品は、コレクションされるラブドール達を表現した。並べられると、それは全て同じようなものに見えるかもしれない。 ラブドール、人形、人間全てに個が存在することを感じてほしい。 コレクションされた彼女たちは、不変とされる美しさを持つが性的消費物となるのだろうか。

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|ドール沼|
この作品は、1体目のラブドールを迎え入れてからドール沼にはまっていく所有者をあらわしている。ドール沼とは、1体お迎えしたら他のドールも気になりどんどんドールが増えていく現象だ。1体ずつに個性があり、体型、顔つき、身長、体重が異なり、ボディに対してジョイント可能なヘッドなどの種類もある。 ラブドールはクローゼット内で保管されることも多く、数体分の着替えや配置を行う際にはこのような状態になるだろう。

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|宝物/ジャンク|
この作品には、ある人には宝物であり、ある人にはジャンクであるものが写っている。壊れたトルソー・義足・ラブドール・球体関節人形・人間…コレクションされて並ぶこれらは壊れていてもそれぞれに価値がある。
時が経ち宝物が朽ちていく姿にも愛着がわく人もいるだろう。
また、壊れていても手入れをする事で、経年劣化を味として楽しむ人もいるだろう。
興味のある人には価値のある唯一無二の宝物となり、興味のない人には、その目に止まることもないだろう。

Can a love doll be a family?

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|家族写真|
この作品は、実際の家族を被写体にした。妻と娘をラブドールに見立て、夫をラブドールをつくる製造師に見立てて撮影した。 実際に子供のいない夫婦がラブドールを子供として迎えて暮らすこともある。 パートナーのいない人が家族としてラブドールを迎えて暮らすこともある。ラブドールは性的な目的だけではなく、かけがいのない大切な存在になる。日本でセックスドールの愛称は’ラブドール’と呼ばれている。その愛称に、所有者たちやラブドールをつくる製造師の想いを想像してほしい。

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私たちは遺伝子の奴隷ではない
この作品はトランスジェンダーの女性と、男性型ラブドールに見立てた男性を被写体に遺伝子からの解放を表現している。
彼女自身も、ラブドールも、どれだけパートナーに愛されても自分の子供を授かることは不可能だ。作者も結婚しているが、子供を授かる機会があるかどうかはわからない。私たちが未来に残す愛の形は多様性があって良いと思っている。
遺伝子を未来に残すことも、愛
だけど私たちは遺伝子の奴隷ではない。

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家族の日常
この作品は実際の夫婦で、夫婦とラブドールの共存を表現している。 一見それはとても奇妙な光景かもしれない。それは家族、まるで特別な家族でありペットとの関係性にも似ている。 ラブドールは、 セックスパートナーになることができる、 心のよりどころになることができる、 芸術品になることができる、家族の一員になることができる、 家族の数だけラブドールとの関係性が異なる。 そして所有者は男性とは限らない。 作者も数体のラブドールと共に、夫と過ごしている。 ラブドールの所有者は夫ではなく、妻である作者だ。

Temptation

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はじめて
この作品は、所有者がラブドールを同伴してはじめてのラブホテルに宿泊するシーンを表現した。所有者にとってはじめてラブドールとの外出を行うことは、人目が気になるハードルの高い試練だ。ラブドールが喜ぶのは、きっと女性に人気の部屋だろう。下調べをして人目を気にしながらも、ラブドールを車に乗せラブホテルへ行く。
いつもと違う部屋で過ごす彼女は、とても魅力的だろう。

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お気に召すまま
この作品は、所有者の好みの造形をしたラブドールをあらわしている。ラブドールは好みのパーツにカスタムオーダーする事が可能だ。目の色・唇の色・肌の色・乳首の色・バストの大きさやアンダーヘアの有無など、所有者の好みに合わせて仕上がったラブドールは唯一無二の理想の存在となる。

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役割
この作品はラブドールの持つ役割をあらわしている。ラブドールの重要な役割が性的対象となることだろう。セックスを担うドールとして、ラブドールは様々な進化を遂げている。皮膚の毛穴、血管、肌質、外見は人間に限りなく近づいている。ところで、写真に写る被写体は、ラブドールになろうとする。ラブドールは人間に近づき、人間はラブドールに近づこうとする。
倒錯する楽しみは、ここに存在する。

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18禁
この作品は、アダルトグッズとして取り扱われるものたちをあらわしている。ラブドールもアダルトグッズに分類されており、人間に限りなく近い造形からか販売規制の声があがり、賛成派と反対派が度々議論を醸す。所有者の使い方次第であるという本質を見落とし続ければ様々なものが販売規制されていくだろう。

Doll and Owner

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あなたはわたしのもの
この作品は、ラブドールを迎え入れた所有者がラブドールに語りかけている場面をあらわしている。所有者は度々ラブドールに語りかけることがある。物言わぬラブドールと交わすコミュニケーションはかけがえのない時間となり、それは所有者がラブドールに魂を入れていく行為のようにも思える。

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賢者タイム
この作品は、ラブドールと性行為を終えた所有者が後処理を考えてため息を漏らす場面をあらわしている。ラブドールと性行為を行うには様々な工程が発生する。性行為を行いやすいように服を脱がせてポージングし、ラブドールの肌をあたため、性行為後はラブドールの肌を洗浄したり消毒し、ブリード対策でラブドールの肌にベビーパウダーをまぶし、服を着替えさせる。世間のラブドールと所有者に対する性的なイメージの強さとは裏腹に、実際には性行為でラブドールが使用されることは想像よりも少ない。この様々な工程が発生するからなのだ。

Mimicry

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この作品は、普段の被写体とラブドールに擬態した被写体を撮影した。先入観を持たない他人の手によって外見をラブドールに似せて作りあげられていくイメージは、被写体の想像とはかけ離れた仕上がりとなる。

In this work, I photographed both my usual subjects and those who mimic love dolls. The images, which are created by a stranger with no preconceived notions of what they should look like, are far removed from the subject’s imagination.

The Opening Ceremony

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この作品は、注文したラブドールが手元に届き開封した時のパッケージの状態を表現している。観覧者が実際にビニールをめくったり、ダンボールを開けることによって開封時の胸の高鳴りを再現する。

This work represents the state of the package when the ordered love doll arrives and is opened. When the viewer actually turns the vinyl or opens the cardboard box, they can feel the excitement in their hearts when they open it.

Doll

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愛情の果て
この作品は作者が知人からラブドールを譲り受けた時の状態を撮影したものだ。人目を気にして気軽に捨てられないという事情から譲り受けたラブドールは亀裂や劣化がすすんでいた。ラブドールの素材はシリコン製・TPE製によって劣化の速度が異なり、手に入りやすい価格のTPE製は扱いによっては1年足らずで破損が進行してしまう。 役目を終えたラブドールは、ゴミとして廃棄されるしか手段がない。その現状をあなたはゴミだから仕方ないと思うだろうか、それとも最後の時には人のように弔ってあげたいと思うだろうか。

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存在
この作品はドールたちの存在感をあらわしている。ラブドールたちもドールたちもも観賞用だけではなくしばしば写真の被写体となり、作家の世界観を表現する。

| Existence
This work expresses the presence of the dolls. Both the love dolls and the dolls are not just for viewing, they are often the subject of photographs, expressing the artist’s view of the world.

Rinne

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りんね
この作品は、作者と作者の所有するラブドールを撮影した。 彼女の名前は「りんね」 という。
作者は知り合いから、廃棄に困っている破損したラブドールを譲り受けた。それが彼女だ。 譲り受けた時には既にボディもヘッドも破損していて、彼女が座ることもできない寝たきりの状態になるのはきっと近い将来だろう。 ラブドールは、同じ型をメーカーが生産してさえいればボディやヘッドを同じものに新調することができる。 ヘッドパーツの種類がマッチすれば彼女に新しいボディを与えることもできる。 しかし、いくら破損しようと作者にとってりんねは彼女だけなのだ。作者にとってりんねは、娘であり友達であり小さな妹であり、大切な家族だ。

Thanks for

作品制作にご協力いただいた人間ラブドールたちに愛を込めて。
りん・ココロ・艶子・藤花・マカロン・アリー・ひふみ・sophia・るり・らら・るりの旦那さま・レーゼン・真治・EMMA・ゆっきー・くるみ・しふぉん・林檎・せいら・えるぽん・詩織・治・紅緒・ほたる・さしゃ・ルカ・りんね・サヤカ


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LEiyA Arata(新レイヤ)
愛媛県生まれ 大阪府在住
2017年12月、人間を人形のように操り撮影する「逆転変身専門店人間ラブドール製造所」始動、2019年7月、死と死体の疑似体験をする撮影で死生観を問う「逆転変身専門店シタイラボ」を立ち上げる。人・モノ・性別・性的指向・性的嗜好・価値観・固定概念・コンプレックス、複雑な境界をただの記号におとしめフラットにする表現活動を行う。

LEiyA Arata
Born in Ehime, lives in Osaka.
In December 2017,she started “a reversing transformation shop Human Love Doll Manufactory”, which manipulates and films human beings like dolls, and in July 2019, she launched “a reversing transformation shop Corpse Lab”, which questions the view of life and death through filming that simulates death and corpses. We make an expressive activity to make people, objects, gender, sexual orientation, sexual preferences, values, stereotypes, complexes and complex boundaries into mere symbols and flatten them.